結婚は『異文化交流』

結婚なんて女の墓場だ!と思っていた・・・見方を変えれば、結婚て面白い!

はじめに~  結婚なんてするもんか!

 

今日から、はてなブログを始めます。皆さん、初めまして、momoexです。

結婚が、墓場だと思っていた頃から、結婚は異文化交流(日本人通しの結婚です)だと言えるようになるまでの道のりをつづります。

 

結婚なんて、人生の墓場だぜっ!けっ!

 

と独身時代には、思ってた。けっして両親の仲が悪かったわけでもなく、嫁姑問題で、母が苦しんだわけではありません。むしろ、祖母に母は、可愛がられていたし、大事にされていた。

 なのに、なぜ結婚は墓場なのか?

小さなころから、政治的に左寄りの父の教育で、『赤旗』の少年少女新聞を小学校時代に購読し、本も左寄りの著者ばかりを選び、読んでいました。

本多勝一山崎豊子…。父には、とっても受けがよかったです。(笑)

この『左寄り』がなぜに『結婚=墓場』に自分のなかで発展していったのか!

左寄りのマスメディアは、人間は平等で、男女平等だと訴えている。強く...強く...

こんなにも世の中で、左寄りの方々が訴え続けてきたにも関わらず、世の中は、相変わらず男尊女卑だった。

こんなに訴えても世の中は変わらないし、私の周囲の男子は口では、女性差別は最低だ!と言いながら、実際は実家に帰省すると、母親が家事全般をこなし、自分は、ぼーっとテレビを見ているのです。

そして『結婚するなら、料理が上手でしっかり者の女が良い!』とのたまう。本心は『したいときにセックスできて、おかんのようになんでもやってくれる女がいい!』と思っているんだ。間違いない!(笑)

 

10代後半の私は、結婚は墓場だ。結婚なんて絶対しないぞ!と心に誓った。

 実際、母は、外で仕事をしているのに、家でも、家事をこなし、休んでいる姿をあまり、見たことがなかった。父は帰宅すると、酒を一杯やりながら、母の作る肴をつまみ、小難しい本を片手に将棋なんぞやっていた。両親はその現実になんの疑問も持っていなかった。

親戚が集まると、母は宴席につくことはなく、最後まで立ちっ放しで、お酒の用意などしていました。小姑たちは、偉そうに、宴席で母の手料理が出るのを待っていただけ。母本人は、嫁というものはこういうものだと、自分の境遇に少しも疑問など抱かない嫁の鏡のような人でした。今もそう...。

 

完璧な左寄りの私は、母から『嫁』の現実を知りました。

 

『絶対、結婚なんかするもんか!結婚なんてしたら、家政婦になるだけだ~!!結婚は墓場なんて、男がいう権利なんてない!!女にこそ、そう言う権利があるのだ~!!』

 

目出度く、結婚に嫌悪をもつ幼気な女の子が出来上がったとさ。

つづく...